音楽好き好き

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日々気合

映画:フィッシュマンズ

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Fishmansのファンなので,観に行ってきました.とてもいい映画だったと思います.彼らのファンなら大方好意的な意見を持つのではないでしょうか?ネタバレになるので本文では映画の演出に触れませんが,既に知られている彼らの歴史には触れていきます.

私は94年生まれなので完全に後追いのファンです.最初に彼らの音楽に出会ったのは12年前の中学三年生の頃だと記憶しています.通っていた床屋で「Neo Yankee's Holiday」が流れていました.

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その頃の私の音楽的嗜好は所謂ロキノン系のロックバンドや椎名林檎PerfumeCapsuleとかだったと思うのですが,髪を切られながら「何だこの曲は?」と衝撃を受け,ただ店主とはほぼ会話をしない感じの関係だったので,「これ誰の曲ですか?」と聞くこともできず,歌詞の一節を覚えて家に帰ってからネットで検索し,Fishmansなるバンドの曲だということを突き止めたのでした.

再び髪を切りに行った際,店主に「Fishmansって良いでしょ,良いですよね」と話題を振り,その日から私の音楽人生は一気に豊かになりました.店主は音楽マニアで,音楽の話を二時間も三時間も延々とするようになり,現代音楽含む様々な音楽を教えてもらいました.この出会いが無かったら私の人生は全く異なったものになっていたことでしょう.このような経緯から,Fishmansは私にとってかけがえのないバンドなのです.

もし今の自分がFishmansに初めて出会ったとしても,多分そこまで入れ込むことはないでしょう.タイミングが非常に良かったというか,当時の精神状態と彼らの世界観がマッチしたからここまで好きになったのだと思います.でもFishmansというバンドを好きになった自分を改めて好きになるような,そんな映画でした.

私は後追いな上に浜松という田舎に住んでいたため,彼らについての知識は断片的に集められたもので継ぎ接ぎだらけでしたが,この映画によって全てのピースが繋がり,あたかも答え合わせをしているような感覚になりました.

特に私にとって意外だったのは,「Chappie, Don't Cry」や「King Master George」の頃の彼らは売れようと思っていたことです.そして「売れたいけど売れない」という事実が,彼らには結構重くのしかかっていたような印象を受けました.本人の口から語られますが,ベースの柏原譲が脱退した遠因にもなっていたようです.

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この「売れたいけど売れない」から,「売れなくてもいいから自分のやりたい音楽をやる」にシフトしたタイミングで出したアルバムが「Orange」だったそうで,タイトルは柑橘類ではなく夕暮れの色を意味しているというのも個人的には初耳でした.しかし確かにそれは歌詞やサウンドを聴けば明らかだと今更ながら気付きました.もう陽の当たる(売れる)音楽を作る気はないという決意の表れだったのかもしれません.

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このアルバムから「空中キャンプ」,「Long Season」,「宇宙 日本 世田谷」そして最後のシングル「ゆらめき in the Air」と続きますが,内省の度合いが次第に高まっていき,最後にはこの世とあの世が曖昧になるような,取り返しのつかないところまで行ってしまったように思います.

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「宇宙〜」の頃には佐藤のデモテープがかなり作り込まれており,もはやバンドの存在意義はほぼ無く,ここまでバンドに残ってきた柏原も自分の存在意義に疑問を持ち始めていたらしいです.そして明確には語られていませんが,このバンドの音響に多大な貢献をしてきたエンジニアのZAKが一部の曲でベースを入れるようになり,これが脱退の決め手になったのではないでしょうか.

メンバーの脱退は佐藤にとってダメージの大きいものでした.佐藤伸治小嶋謙介茂木欣一柏原譲,HAKASEの五人体制になってから初めて脱退したのが小嶋でしたが,これが非常に堪えたようです.その後HAKASEが脱退し,柏原が脱退するわけですが,メンバーが脱退する度に佐藤はますます音楽に没頭していくようになりました.「自分と関わっている人間はどうせいつか離れていく」と当時のマネージャーにも心境を吐露していたようです.「空中キャンプ」の「Baby Blue」という曲でも,

君とだけ 二人落ちていく Baby, It's Blue

友達も いなくなって Baby, It's Blue

というなんとなく昔から好きな一節があるのですが,この映画を観た後にふと,脱退していったメンバーのことを歌っているのかなと思い至りました.この曲は中学生の時に大好きでずっと聴いてたので,床屋の店主や親から普通に心配されてたのを思い出します.当時はそうは思っていませんでしたが,今思えば小学生の頃からずっと仲の良かった友人と違う高校に行くのが,どこか寂しかったのかもしれません.それまでは明るい人間でしたが,私がやや憂鬱な気質になったのもこの頃ですね.

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脱退の理由は作中でメンバーからある程度語られますが,そこまではっきりした話でもなく.ただ若さだったり,金銭的な余裕の無さというのは確実にあったのではないでしょうか.どんなに音楽が好きでも,売れてなくて常にお金に余裕が無かったら,実際キツイと思います.もっと売れていたら,また違ったのかな.ただ佐藤の繊細さ,危うさを考えると,遅かれ早かれこうなってしまったのではという思いも否定できません.メンバーがいつ脱退しても大丈夫なように,デモを作り込むようになっていったのかは分かりませんが,しかしもしそれが原因で柏原が脱退したのだとしたら悲し過ぎます.

佐藤が亡くなるまで残っていた唯一のオリジナルメンバーである茂木も,「どういう気持ちでこの詞を書いたの?」と佐藤に聞けばよかったと作中で語っており,バンド内でもっと対話が必要だったのかなと私も感じました.

映画での茂木の語り口は非常にフランクで,そしてあまり物事を深く考えすぎない人であるという印象を私は彼に持ちました.この人の存在は,繊細な佐藤にとって救いだったのかなと思います.現状を肯定する強さを茂木は持っており,最後までバンドを脱退しなかったのもきっと偶然ではないはずです.

佐藤伸治が死んでからもFishmansを続けていくことを,私はあまり潔よい態度とは思えなかったのですが,この映画を見て,もし自分がバンドの関係者で,彼と同じ時間を過ごしていた場合,振り返らずにいられる自信が無いです.自分の中の佐藤伸治を成仏させるために,彼らはこれからもFishmansをやり続けるのだと思いました.

その他映画で初めて知った情報

  • 佐藤伸治が最初に手にした楽器はベース.
  • 曲は詞から先に作ってた.
  • 「Long Season」のジャケットは奥多摩で撮影された.

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  • 「Long Season」のミックスを何十時間もぶっ続けで行い,ZAKは目から血を流していた.
  • 「100ミリちょっとの」がフジテレビのドラマのタイアップだった(オリジナル・ラブの「月の裏で会いましょう」と同じ枠)が,期待に反して全く売れなかった.その辺りから音楽業界への不信感が募り始めた.

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  • サポートメンバーのHONZI(ヴァイオリン,キーボード)が亡くなり,もうFishmansの新曲は出せないと感じたらしい.それくらいHONZIのヴァイオリンはFishmansの音楽にとって重要な位置を占めていた.UAのLiveの彼女のプレイが個人的に最高.

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  • 「ゆらめき in the Air」の頃の佐藤は,歌う度に酸欠になっていたらしい.命削ってる,壮絶な音楽です.馬鹿でかいコンソールのチャンネルを全て使い切るくらいトラックも多かったそう.

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Fishmansが好きな方はもちろん,Fishmansよく知らないけど興味がある程度の方にも是非観て欲しいです. そしてこの映画を制作してくださった関係者の方々に感謝いたします.