音楽好き好き

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日々気合

第三章:非公式な関係のはじまり

京大に入学した春、彼はすでにそこにいた。
私は浪人して201x年に、彼は現役で201x-1年に入学していた。

そして、彼女も──私より一つ年上、同じく浪人して201x-1年に入学していた。

彼は正式な囲碁部員だった。
だが彼女は、私と同じく、部に「所属する」ことにあまり積極的ではなかった。
それでも、部室にはふらりと現れて、誰よりも自然にそこにいた。

私もまた、囲碁を打たず、囲碁部に入り浸っていた。
そこで私たちは、ボードゲームをしていた。
特に『アグリコラ』──農業テーマの複雑な戦略ゲームだ。

部室には、時間の流れがなかった。
遅めの朝に来て、だらだら昼を食べて、夕方には次のゲームに取りかかる。
冬には石油ストーブがつき、夏には誰かの扇風機が不穏な音を立てていた。

彼女は、ふらっと現れる。

昼休み、誰かの向かいに座り、お弁当の包みを開く。
のんびりした口調で喋り、笑うときは目を細めて、口角だけがすっと上がる。
愛想笑いのようでいて、不思議と不快ではなかった。
あの笑い方が、なぜか癖になった。

ある日、私は聞いてみた。

「……本当には、笑ってないですよね?」

彼女は少しだけ黙って、そして言った。

「君は、聡いね」

その言葉が、なぜかずっと残っている。
彼女の声のトーンも、微かに揺れた表情も、記憶の中では妙に鮮やかだ。
あれが、私が彼女に興味を持ち始めた瞬間だったのかもしれない。

ある日、彼女が言った。

「なんか、ちゃんとした部活に入りたい気がするんだ」
「君、付き合ってくれない?」

そうして私たちは、いくつかの部活を見学して回った。
見て、歩いて、すぐに出てきて、結局どこにも入らなかった。
その帰り道、私たちは学食で夕飯を食べた。
お互いに、特別な意味を持たせないようにふるまっていたけれど、
どこか、それが特別な時間であることを、どちらも感じていたように思う。

そして、部室に戻ると、そこにはいつも彼がいた。

ボードゲームの配置を整え、冗談を飛ばし、くしゃみをし、
うず高くティッシュを積み上げながら、彼女とも、私とも、自然に笑っていた。

三人で過ごす時間は、穏やかだった。
だけど、私は気づいていた。

彼女が、彼のほうをよく見ていること。
彼が、彼女と話すとき、少し声が柔らかくなること。

その静かな差分を、私は無意識に数え始めていた。
数学でも囲碁でもなく、どうしようもない感情の手番が、ゆっくりと巡ってきていた。